古代アレクサンドリア図書館と視聴覚室の収蔵資料目録

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稲川淳二さんがリアクション芸人だった時代 パラグライダーで牛馬のフンの山に突っ込み「悲惨だな~悲惨だな~」

time 2016/11/23

 稲川淳二さんといえば、“怪談タレント”の火付け役であり、今や代表格であります。


稲川怪談クラシック [ (クラシック) ]

 ネットサーフィン(ナウい流行語大賞)をしていて、こんな記事を見つけて読んだら、いろいろと考えさせられるとともに、そういえば稲川さんって俺が10代の頃は今でいう「リアクション芸人」だったよなと思い出したんですよ。

 とんねるずがMCの『夕焼けにゃんにゃん』という秋元康構成の80年代を代表する人気バラエティ番組にもよく出演していました。

 あの独特の急かされているような口調で、身体を張ったチャレンジ企画の体験談を面白おかしく語り、最後は「悲惨だな~悲惨だな~」というフレーズで締めるというパターンで、すでに“稲川節”ともいうべき話芸が確立されていた(ような気がする)。

 当時はまだ「リアクション芸人」という呼称すら生み出されていなかったので、当時のテレビ視聴者にとって稲川淳二さんは「テレビの企画でヒドい目に遭わされてばかりいる悲惨なオジサン」という認識だった(ハズ)。

 しかも、当時は今よりもテレビの規制もガバガバ、ユルユル、ヌルヌルで、コンプライアンスなんて言葉はTOIECスコア800以上の人くらいしか知らない時代であった(後半はウソ)。 

  そういった過酷な環境のなかで、“リスクを取ってチャレンジ”し続ける稲川さんの勇姿に、筆者もテレビの前で喝采を叫んだものです。

 ネットで検索すると、そういったエピソードの動画や書き起こしがいくつか出てきますが‥‥。

 その中でも筆者の記憶に最も印象深く残っていたのが、北海道でパラグライダー飛行にチャレンジする仕事で、牛馬のフンの山に突っ込んだエピソードですかな。

 著作権有動画なので直リンクしませんが、検索してご視聴ねがいます。

ニコニコさんでは「稲川淳二の面白い話 北海道の思い出【再アップ】

ようつべ版は「稲川淳二インタビュー

で出てきますね。

※ニコニコ版は「この動画に関連した商品」にも要刮目!

 

稲川淳二が語る 虎のぬいぐるみで猟友会に撃たれそうになった話

miyearnzzlaboさんが、稲川さんがTBSラジオ「たまむすび」の出演時のトークを書き起こしたものです↑ 今やったら炎上案件ですな‥‥。

 稲川さんは実は工業デザイナーが本職(グッドデザイン賞も受賞)だなんて当時は知りませんでした。東京オリンピックのロゴとか、メイン会場のデザインも稲川さんが手がけていれば丸く収まったかも知れないと思うのだがどうでしょうか‥‥。

 もちろん、水道橋博士の『藝人春秋』で明かされた次男のエピソードなど知るわけもなく、フンの山に突っ込んだり怪談を語ったりするなんだが不思議かつ多芸な人だなぁと思っていましたが‥‥。


藝人春秋 [ 水道橋博士 ]

 稲川さんは困っている人に頼まれるとなかなか断れない性格らしく、そういった性格が笑い話から、次男との命のエピソードにも現れているんだろうなと思うと同時に、それゆえに霊体験が多いのかななんて思ったりもします。

 つまり、「この人は自分の存在を感知してくれて、救ってくれるかもしれない」という人のほうに、霊も現れるようになるのではないかと。

 今でいえば、キャラ的に新垣隆さんが当時の稲川さんのポジションに近いかなァ‥‥。お互い「ゴースト」に縁が深いという共通項もあることだし。もっとも、新垣さんがおしゃべりになったらテリー伊藤さんと間違いそうですが。

 その後、稲川さんは『夕にゃん』でも語っていた怪談がどんどん人気を博していき、いつの間にかリアクション芸人からすっかり怪談タレントにイメチェンを遂げていたのだけれど、考えてみれば「恐ろしい、危険な目に心ならずも遭遇してしまう」体験談を語るという根本はまったくブレずにいるのは素敵ですな。

 まぁ、昔からよく言われている、ギャグ漫画とホラー漫画の“見せ方”は非常に近い、みたいなモノでしょうか。“両刀遣い”の楳図かずお先生の作品みたいな。


新宿烏 [ 楳図かずお ]

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 自分の中では、稲川さんのチャレンジ映像そのものよりも、それを語っている稲川さんの姿のほうが記憶に残っているんですよね。

 それは稲川さんの話芸によるものか、それともその後の怪談師としての活躍で記憶が上塗りされてしまったのか‥‥。

 当時は「ようつべ」「ニコニコ」もなかったので、テレビで話題になったシーンをシェアできる環境がなかったのが大きいのだろうけれど。

 つまり、優れた話芸とは、現実の体験や映像以上に人を面白がらせることができて記憶にも残るわけで、まだまだ怪談や笑話、色話といった話芸には無限の可能性があるということでしょうか。

 いつかまた「お笑いタレント稲川淳二」としても笑わせて欲しいと待望しているのは私だけではないはず。

『稲川淳二笑話集』といった本かDVDを出していただきたいというか、ワタシが構成を買って出たいくらい。

 そして再び「悲惨だな~悲惨だな~」を生で聴きたいと待望しております(はぁと)。

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