古代アレクサンドリア図書館と視聴覚室の収蔵資料目録

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ボブ・ディランがいなかったら「ゆるキャラ」ブームはなかったかも知れないというヨタ話

time 2016/10/22

ディランと
みうらじゅんさんと
BLANKEY JET CITY によって
ロック“厨二病”のステージが悪化した男(オレ)の巻

 

“All I’ve got is a red guitar, three chords and the truth”


“おれがもっているのは 赤いギターと 3つのコードと 真実だけだ”

《All Along The Watchtower》

 

 かつて『 BLANKEY JET CITY 』というロックバンドが存在した。

 三宅裕司氏が司会をやっていた『イカすバンド天国』という当時超人気の音楽オーディション番組で審査員に絶賛され鳴り物入りでデビュー(1991年)。

 10年ほどの活動を経て解散したが「数少ない本物のロックバンド」として口煩いロックヲタにも篤い支持を受け、今では伝説化されている。

 若き頃“ロック厨二病”患者だった筆者も「こりゃカッチョええバンドが現れたもんじゃ」と剋目し、当時TVK(テレビ神奈川)がやっていた公開ライブ番組の応募に家族の名義まで使って当選を奪取、喜び勇んでライブに行った記憶がある。
(厨二病そのものは今も寛解するどころかステージ4くらいまで進行中 現在の医学では治療不可能)

 そのライブでは、オーディエンスの「カッコいい!」という声に「当たり前や!」と返したベンジー(Vo浅井健一のニックネーム)の姿がまたサマになっていて、「やっぱりロックっつーのはこういうカッコよさがサマになる人がやるべきで、俺みたいな男はお笑いとかやったほうがいいな」としみじみ思ったものよ。

 しかし、お笑い界からもすでにこのバンドに熱い視線を向けている男たちがいたのだ。

 その筆頭? がみうらじゅん氏であった。

 みうらじゅんさんはかなりのディラン信者であり、コラムや漫画にたびたびディランを引用したり登場させたりしていた。

 そして、ブランキーのデビューアルバムのタイトルが『Red Guitar And The Truth』というもので、冒頭に挙げたボブ・ディランの有名曲をU2などがカヴァーしたバージョンの歌詞から取ったのであろう。

 みうらさんもピンときたのか、「ブランキーのヴォーカルはディランの若い頃に驚くほど似ている」とコラムで書いていて、「確かにそう言われればそうだな」と感じ入った筆者も、ディランとブランキーのイメージを重ねて聴いたりした。

 独特の言語感覚といい、“ボブ・ディラン賞”という賞が仮にあったとすれば、ブランキーが新人賞を授与されても自分も異議なしだったと思う。ディランならそんな賞は作るなと言いそうだけど。

 みうらさんもその頃、売れる音楽と自分がやりたい音楽のギャップに悩むミュージシャンを主人公にした『アイディン&ティティ』という漫画作品を描いていて、のちにクドカン脚本で映画化もされている。

 しかもディランの曲を使い、サントラはみうらさんによるベスト盤のようなもので、昭和時代の音楽ヲタがよくやっていた「ボクの選んだベスト・アルバム(といってもカセットテープ)」をミュージシャン公認で発売できたようなモノで、ファン冥利に尽きたことでしょう。

 英訳した脚本をディラン本人に読んでもらい音楽使用の許諾を得たということですが、ディランの感想はどんなモンだったのか知りたいところです。

 作品中にも、悩む主人公に対してインスパイアを与える存在としてディラン(らしき存在)が登場する。プヒ~とブルースハープ(ハーモニカ)を吹きながら。

 いまや日本の自治体や企業のPR戦略に欠かせない存在となった「ゆるキャラ」も、ディランから受けた数々の有象無象のインスパイアの結果、みうらさんが注目してブレイクし、ここまでメジャーな存在になったに違いないのだ‥‥いや、違うかもしれないが、ここはそういうことにしておいてください。まぁ、そんなに目くじらを立てるほどのことじゃないじゃないの。

 さらにお笑い界へのディランの影響力を挙げれば、若い世代の人にはこちらのほうが知られているであろう、フットボールアワー後藤輝基が音楽キャラ芸としてやっていた『ジェッタシー』、あれはまんまブランキーのオマージュである。

 彼は長渕剛の大ファンでもあるそうだが、長渕も当然ディランに影響を受けているから、彼本人は意識していないかもしれないが、何気にディランの孫弟子(?)みたいなモノなのだ。

 ついでにさっきwikiペディアを見て初耳だったのだが、タモさんも『ミュージックステーション』に出ていたブランキーの存在を気にしていたという。

 ブランキーはかなりアクが強いというか“濃度”が濃い音楽性のため、スマート好みのタモさんは暑苦しく感じているのではないかと思っていたが、ホンモノはホンモノを知るといったところであろうか。

 で、これを書いている筆者自身はどれだけディランを聴いているのかというと、ブランキーのデビュー前の頃はGuns N’ Rosesなどがブレイクしていて“俺たちのルーツはストーンズとかディランなんだよ”とインタビューで語ったり、ライブやアルバムでも曲をカヴァーしたりしていた。

 その辺から自分もいわゆるルーツロックを聴くようになった流れでディランを聴いたのだが、最初はやはりアクの強さを感じたものの、「せっかく買ったんだから聴かないと勿体ない」と思って毎日頑張って聴いていたら段々いい感じに聴こえるようになり、次第に好きになってきたのである。

 まぁ、当時のヤングに人気があったのはボウイとかTMネットワークとかだから、食事に例えれば、全然食べ慣れていない外国の料理をいきなり食わされるようなモンだからいたしかたない。

 すると筆者もヲタ脳の持ち主、「音楽好きを名乗るのであれば、ミュージシャンはファーストアルバムから順に聴くべし」という掟(“思い込み”とも言う)を遵守し、『Blonde on Blonde』まで順番にCDを買って聴いていた。

 その後はベストや企画モノを聴くようになってしまったが、「ディランが好き?」と聞かれたら「あぁ、好きですね」と言えるくらいには好きだと思う。

 ディランを聴いた事が無い人には、ディランは聴き難いとか難解そうなイメージがあるかも知れないけれど、単純に「カッコいいな」とか「いいなぁ」と感じられる曲が沢山ある(と思う)。

 バーとかでディランの好きな曲をリクエストしてよ、と催促されたら、その時の気分や雰囲気によるけれど『Knockin’ on Heaven’s Door』『Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again 』『Desolation Row』そんなところかもっと初期の曲か。その後のアルバム曲はじっくりと聴いていない曲名がわからんというのもあるけれど‥‥。

 今回のノーベル賞でディランに興味を持ち、ちょっと聴いてみたいと思った人は、ベスト版もあるけれど、メジャーなミュージシャンがディランをカヴァーした曲から入ったほうが入りやすいかも? なんてことも思ったりもします。

 自分もガンズがカヴァーしていた『Knockin’ on Heaven’s Door』から入ったクチですので。

 ちなみにガンズのギタリストだったスラッシュ(人名)はディランのアルバムにも参加しているのだが、暑かった収録の日にディランがコート姿でスタジオにやってきたという「変人エピソード」をインタビューで語っていた。

 スラッシュも結構変わり者っぽいんだけど、そのスラッシュが「さすが(変人)ディランらしい」と思ったというのだから、実に微笑ましいですな。

 そんなディランがノーベル賞受賞と聞いてびッくらこいたワケで、今年ノミネートされていること自体知らなかったし、受賞から現在までの「我関せず」ぶりも「ディラン健在なり」と思わせてくれてちょっと愉しい。顧客満足、ファンサービスも大切だが、こういう変人も活躍できる社会のほうが生態系が豊かでいいよな。

 ディランがノーベル賞を完全スルーしていることに対して「傲慢」だと賞関係者が怒っているという報道が出ているわけですが、それが本当だとしたら、「勝手に賞に選んでおいて、本人がありがたがって賞を受けなければ「傲慢」呼ばわり」するという、まさに「オマエが言うな!」なツッコミ待ちで面白いのだが、そういうヤツはぜひともノーベル直伝のダイナマイトで木っ端微塵になっていただきたい。

※その後、審査員の発言は「そういう空気を読まないところがイイ」というニュアンスだったと判明。

 とはいえ、ノーベル賞受賞がなかったら、ディランでこんな文章を書くなんて死ぬまで(オレとディランのどっちかが)なかったかも知れないので、せっかくだから書いておこうと思い長々とぼろぼろの駄長文(ダチョウぶん)をしたためてみました。

 ギター一本のフォークソングでデビューした男が、自分のやりたい音楽をやりたいとバンド編成にしたら賛否両論が“炎上”して轟々たる非難も浴びた。

 そんなロックの歴史とともに歩んできた男が、ミュージシャンとして初めてノーベル文学賞を受賞し、またもや賛否両論で世界を賑わす。

 本人の意図に関わらず時代を賑わしてしまうのは、ディランのような稀有な才能と意思を併せ持って生まれた人間の宿命というべきか???

 そのように時代を変えてきた男についての文章の最後は、ディランのサードアルバム『時代は変わる』に掲載されていた「いつかだれかが、だれかはわからないが、いつか、おまえをうたにして うたうかもしれない」というディランの詩で締めくくろうと思ったのですが、そのCDを現在見失ってしまい書けなかったトホホ‥‥見つけたら追加しますワイ。

 それと、もっとブランキーやベンジー氏について書こうと思っていたけど、すでに長々としてしまったのでまた項を改めて書こうと思ってます。

 

~追記~

うろおぼえの記憶だった上記の詩は

「ボブ・ディラン全詩302篇 LYRICS 1962-1985 片桐ユズル 中山容 訳」を見たところ「アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン」というアルバムのライナーノーツに載っていた、「いくつかべつのうた」という長編の詩でした。
(「時代は変わる」だと思いこんでいたのは記憶違い‥‥)

いくつかべつのうた

(前略~中略)

わたしにはじぶんが

だれかをにくむなんて信じられない

にくむのは

こわさからくるものだ

それはわかっている

こたえも真実もわからない

ぜったいに生きてるものにとっては

道義をかたるものは

だれひとりききたくない

道義なんてありはしない

そしてわたしはたくさんゆめをみる

だから 行け じょしゅあ

戦いにはまりこめ

わたしはもりにしばらく

いっている

わかってほしい

けれどわからなくても

かまわない

またつぎがめぐり

いっしょになるだろう

わたしのことはかんがえないで

わたしはオーケイだから

さあそこに行くがいい

まっすぐにそこへ

したいといっていたことを

したまえ

そしていつか だれにもわからないが

だれかが

  おまえのことを

    うたうかもしれない

(2016年12月16日追記)

 


ボブ・ディラン全詩302篇―LYRICS 1962‐1985


CD/アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン (解説・歌詞・訳・詩付)/ボブ・ディラン/MHCP-804

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