古代アレクサンドリア図書館と視聴覚室の収蔵資料目録

書籍や映像コンテンツ、ライブイベントやミュージアムなどの見聞記

真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実 平山優 (著) 角川学芸出版

time 2016/09/16

真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実 平山優 (著) 角川学芸出版

『真田丸』で大阪の陣の負け戦はどう描かれるか?
実は豊臣方勝利のチャンスもあった!?
様々な資料から読み解く信繁の生涯と大阪の陣の真実

 
いよいよ真田丸も佳境を迎え、家康との対決→不遇をかこつ昌幸信繁父子を三谷幸喜さんがどう描くのか楽しみですが、本著は真田丸で歴史考証を務める平山優氏によるもの。戦国時代の武田氏の研究者としてトップランナーのひとりであります。

真田信繁は「幸村」での知名度とは裏腹に史料が少なく‥‥ということはすでにかなり知られていますが、生涯の最後で大活躍を遂げているにも関わらず史料が少ない人物だからこそ自由な創作の対象になり、しかも敗者なので判官びいき人気も上乗せされて、「伝説の英雄」になりえたのでしょう。

従来の小説や俗説などでありがちな説とは異なる本書の主な見解としては、

・「幸村」を生前名乗っていた可能性はあるか?‥‥ほぼピシャリと否定

・信繁の生年は従来の説よりも若いのではないか。没年は45歳かも?

初陣は第一次上田合戦の可能性アリ。

・家康は真田家・豊臣家に対して最初から潰そうとしていたわけではなく懐柔を図っていたが、双方の利害と思惑のズレが重なって敵対に至る。

・関が原(というより家康軍団vs三成軍団の全国的な合戦というべきか)は昌幸は三成方勝利、家康方敗北と見込んだものの、読みが外れて没落の憂き目に‥‥。

昌幸は家康から許されて九度山謹慎から復帰できると思っていたが、望み叶わず失意のまま病死。信繁も似たような心境ではなかったか。

大阪夏の陣では豊臣方にもチャンスがあったが、大野治長の行動が誤解を招きせっかくの勝機を失うハメに‥‥。
特に関が原に関しては、小説やドラマで描かれがちな「常に最新の情報を幅広く入手し、ズバ抜けた智謀を駆使して戦国時代の趨勢を見抜き、時には大大名すら翻弄して生き残った昌幸」像を覆すものですが、冷静に考えれば、中央から離れた地方のいち国衆に過ぎない真田家がそんなスゴイ情報網を持っているのはさすがに不自然ではないかと‥‥。

局地戦では智謀と戦上手ぶりを見せるものの、結局は地方領主の限界を超えることはできず、大局の判断を誤ってしまい忸怩たるまま謹慎先の九度山に没した‥‥そんな昌幸の姿が浮かび上がってくるようでした。

down

コメントする




スポンサーリンク