古代アレクサンドリア図書館と視聴覚室の収蔵資料目録

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明治38年生まれの「リア充、爆発しろ」文学者・伊藤整のエッセイ『青春について』を思い出す時節柄

time 2016/11/03

明治38年生まれの「リア充、爆発しろ」文学者・伊藤整のエッセイ『青春について』を思い出す時節柄

ハロウィンの経済効果がクリスマスを超えた。
そんな話をアナウンサーの掘潤がしていた。
クリスマスよりもハロウィンイベントのほうが独男独女でも参加しやすいし、より広い層に消費を喚起できるのだろう。

しかし、そもそもリア充イベントに縁がない人間にとっては、「彼女・彼氏がいなくても参加できるイベント」にすら参加できない自分の境遇に、ますます孤独感・孤立感を深めるハメになるのではないだろうか?

そういった“ぼっち”の気持ちを代弁してか、『革命的非モテ同盟』という組織が「ハロウィン粉砕パーティー」なるものを開催したという。

彼らのサイトを見ると、「リア充ヴァカ者どもにより頭の悪い盛り上げを見せているハロウィンですが」という挑発的(?)前文から始まり、(中略)だから池袋でイベントやるぞ、という告知がなされている。

まぁ、彼らほどの行動力と団結力を持ちあわせる者たちは“非モテ”であっても“ぼっち”ではないから、高校時代の非モテグループみたいなノリで、むしろ楽しく盛り上がっているのであろう。

それでは、“非モテ+ぼっち”という”非リア充のハイエンドモデル”ともいうべき者はどうすればよいのであろうか?

そんな疑問がふと頭をよぎる時、思い出す文章がある。

それは、伊藤整(いとう せい)という文学者による『青春について』というエッセイである。

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明治38年生まれの伊藤整だが、いつの時代もセンサイな思春期の少年少女というものは劣等感に苦しめられるようで、エッセイの始まり早々に“青春の苦悩”を告白するのであった。

「十六歳の時、自分は何も所有していない、という意識を強く持っていた。(中略)才能であり、勇気であり、美貌であり、敏感な、そして広い心であり、肉体の力と健康であり、かつ多分よき友人であり、女性の友であった。(中略)輝かしい青春の所有の、ほとんど全部を、私は、自分が持ってもいず、かつ持つ可能性もないと意識した。」

オレの青春時代は、これでもか! というほど容赦なき無い無い尽くしだったという身もフタもない告白である。
さらに一応、友達がいたにも関わらず、“精神的ぼっち”だったことも明かす。

「友人は他人だと思っていた。(中略)自分が無一物で、孤立して、何人の助けも得られずに放り出されている、という気持ちに苦しんだ。」

いわゆる「認知の歪み」なのだろうが、思春期特有のひとりよがりな思い込みに満ちた心理がいかにも痛々しい‥‥。

「即ち私は、健康な肉体の力、美貌、広い心、勇気、才能、女性の友などという、青春の最も輝かしい伴侶と見なされるものを、全く欠いていた。それ等のものを所有しない、という意識は、日常強烈に私を苦しめ、自分を劣れるものと感じさせ、自分が青春を生きていないこと、多分従って人生らしい人生を生きることができないだろうことを予感させて、私をおびやかした。その時私の感じた脅迫感の荒涼とした非人間的な恐ろしさを、私はいま五十歳になろうとして、まざまざと思い起こすことができる。」

 伊藤にとって「大事なことだからもう一度言います」なのか、自らの古傷にタバスコを塗りこむように再び繰り返すのみならず、“脅迫感の荒涼とした非人間的な恐ろしさ”という最恐級のフレーズまで繰り出す始末。

アラフィフの文学おじさんが、“黒歴史の青春”を夢で見て「ウッ、ウ~ン」とうなされ、ガバッと布団を跳ね上げながら起き上がるシーンが浮かび上がってくるようである。(そのあとコップで水を飲んだりするのが定番)

さらに伊藤は、アラフィフにして自分の中に未だ青春の亡霊、歌人の穂村弘いうところの“青春ゾンビ”ともいうべきものが憑り付いていて成仏していないことも告白するのだ。

「そして、私の中にまだ消えないでいるところの、それ等を所有したいという青春らしいものは、いまも私の耳もとで囁くのである。お前は、結局、お前の青春を所有しなかった。それは、もう再びお前が所有することは決してないであろう、と。」

“青春ゾンビ”は憑依霊のように伊藤に付きまとい、「おい、今からでもリア充青春ライフを送って俺を満足させろ」と無茶な要求を突きつけてくるようだ。どのような姿をしているのか知らないが、いかにもチャラ男風だとか、爽やかスポーツマンタイプだったりとかいろんなバージョンがあるのだろうか? 想像するだけでイヤだし迷惑きわまりないよな‥‥。

だが、伊藤整は昭和の文壇を代表する作家のひとり。このままヤラれっぱなしではない。
ここから“リア充青春ゾンビ”に反撃の狼煙《のろし》を上げるのだ。

「しかし、だからと言って私が青春を知らなかったことにならない。むしろ私は、それを所有しなかっただけ、それだけ、強烈に青春を知っていたような気がする。」

いきなり文学者らしくレトリカルな逆説を繰り出す伊藤。「逆もまた真なり」という強引な論法で反撃に出る。対戦相手の攻撃に耐え切った伊藤のターンが始まるのか!?

「私は、長い間かかって、青春らしい生活の形式は、大したものではないこと。更に大胆に言えば、そんなものはツマラヌモノであることを理解した。」

お前らがオレに「どうだ、羨ましいだろう?」と自慢してくるものは、オレにとって“ツマラヌモノ”に過ぎぬ。取るに足らんと言い張るのだ。しかし、その“論拠”を示さなければ、イソップ童話の「酸っぱい葡萄」になってしまう‥‥さて、伊藤の論拠とはいかなるものか?

「二十歳の私にとっては、ある日、陽の光に照らされている一少女の頬を、自分のものとして所有しないことが、生きていないと同様のことに思われた。若し、体面や礼節というものが私を妨害しなかったらならば、私はその少女を白日のもとに抱きしめたであったろう。その時、私はそれをしなかった。その「しなかった」ということは、生命をシメ木にかけてシボるような痛切な非存在感で私の心に傷をつけた。私はそこで血を流し、そしてその痛切さにおいて私は生きた。そのようなものの連続が私の青春であった。」

アレ‥‥!? 怒涛の反撃開始! かと思えば、いきなりアイドルのマジヲタの「推しメンが好き過ぎてどうしていいかわかんねぇ」にも通じる恥ずかしい過去の告白である。

伊藤は他の随筆でもこういった“そういう妄想をしたことがあっても、普通は恥ずかしくて口にしない”的なことを赤裸々に告白している。
人間が隠したい、恥ずかしい情けない本性を曝け出すことも、伊藤にとっての“文学”なのかもしれない。そこにロックやパンク的なスピリッツを感じるのは筆者だけではあるまい(いや俺だけかな‥‥)。

その後、要約すれば「所詮、青春の所有というものは幻惑のようなもので、虚しい」といった内容のことが文学者らしい筆運びで語られ、次第に評論家然とした論調に変化していく。

「今のような時代、すなわち時代そのものが、近代という個人思想の青春を失った社会の中にいる青年は、多分二十歳以前に、自分が洪水の荒した土地に生まれて来ていることを感ずるに違いない」

と社会評論するのもいいけれど、“ツマラヌモノ”の論拠はどうしちゃったんですか伊藤先生? と問いかけた次の瞬間、突如“爆発”する。

「大学生活、ダンス・パーティー、クリーム・ソーダ、クリスマス・ケーキ、誕生日のプレゼント、湖畔のキャンプ小屋、ビーチ・パラソル、酒のグラス、対抗競技、少女との出逢い、そのような甘美なイメージを甘美なものとして受け取ることの中にある青春を、私は偽物であると断定する。」

唐突に“リア充イベント(昭和30年代当時)“の羅列が始まり、一体ナニが始まったんだ!? と戸惑う暇もなく“私は偽物であると断定する”のだ。容赦なく。では、なぜ“偽物”と断定できるのか?

「それ等のなかに歩み入って見るがいい。その中にあるものは、弱いものと劣れるものへの白眼視、洋服や小使銭や思想や家柄の競争、見栄や傲慢さや卑劣さへの渦巻きである。」

と、ものすごく一方的な決め付けで斬って捨てるのである。

とはいえ、伊藤整は昔の文学者にありがちな、父親が名士の家に生まれたボンボンといった恵まれた環境に生まれておらず、働きながら大学に通い、教職などに就きながら一途に文学の道を歩んできた苦労人でもある。

若き頃はモテないし金ナイし文学くらいしかやることねーし、といった悶々とした青春を過ごしたのか、リア充ライフを送る遊び人連中にルサンチマン的な感情を抱えることもあったのかもしれない。たとえ、それが被害妄想であっても、本人には事実として記憶されるものだ。

かといって、伊藤の言うことはすべて“認知の歪み”(この場合は“僻み”)で斬って捨てられるかといえばそうでもなく、現代でもリア充自慢をSNSにアップしてばかりいるような連中の中には、まさに伊藤のが言うところの「見栄や傲慢さや卑劣さへの渦巻き」の渦中にいる者も少なくないであろう。

ここから伊藤は結論に入っていく。

「それ等の醜さと空しさに耐える時に、本当の青春の力が必要となる。それ等のものに耐える力は、老年にはまったく存在せず、中年にもほとんど存在しない。青春のみが、それに耐えることができる。しかし、本当に力が必要なのは、単に耐えることではない。目標を持たずに耐える、ということである。」

自分の願望が果たして、いつ満たされるのか、もしかして満たされるぬまま終わるのかどうかすらわからないまま耐えるのは非常にシンドイが、それが青春であり、それを耐える力を持っているのは青春という時期だけなのだと。そして、一度は否定していた友も、耐えるための大きな力になるのだと。

そこからさらに伊藤の文章は飛躍し、青春とは人類にとって必要な革新のために存在する。といったことを語りながら最終コーナーを回り、

「ある個人が自分の青春を生きることは、彼の意識とは関係なく、人類の血を新しくしていることになる訳である」

と、最初はネガティブで痛い非モテ男の告白かと思わせるような文章が、「いい最終回だった‥‥」的なセリフでゴールを迎えるのだ。さすが、詩、小説、評論とオールラウンダーだった作家の文章術というべきか。

しかし、伊藤は後年、この頃の随筆を後年読み返して恥ずかしくなる部分があったのか、こんなことを書いている。

「この時期は、世俗的な意味でかなり大胆でもあり、向こう見ずでもあった期間である。従って、いま読みかえすと、恥ずべき言葉、恥ずべき文もまた多いのである。」

「多少図に乗って書いたために、もう二度とくり返しては書けないような変わったものも書いている。(中略)この期間のことについては、自らをもゆるし、幸にして読んでくれるあろう人々にも、寛大な気持で見てもらう外ないのである。」

『伊藤整全集 第十七巻』

「ともに多少のユーモア、多少の諷刺を含んでいるから、字の通り受け取ると反対の意味になることもある。気軽な座談のようなものと思って頂けばよいと思う。」

『私の人生論 伊藤整』

若い読者にとっては一種のアジテーションにもなりかねない文章を書いておきながら、読み返しつつ頭を掻いて照れているような伊藤の文章に、失望ではなく微笑ましさを感じるのは、自分も当時の伊藤の年齢に近づいてきたからであろうか‥‥。

ちなみに伊藤は25歳で結婚して4人の子供に恵まれ、このエッセイを書いた頃はベストセラー作家であった。息子二人は著名人になっている。経歴や仕事量を見ても、活動力旺盛な人間であることは間違いなく、ネガティブで消極的なタイプの非モテ男子が自己投影するべきタイプではなさそうだ。

過去の自分が囚われていたモノを“ツマラヌモノ”と斬って捨てられたのは、そういった余裕もあるのかもしれず、本人が言う通り“字の通り受け取っちゃダメだからね~”を心に留め置きつつ読み返すとまたいろいろ見えてくるものがあるかも知れませんナ。

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