古代アレクサンドリア図書館と視聴覚室の収蔵資料目録

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セーラームーンとLGBTの戦士たち AbemaTV『VICE』

time 2016/08/12

セーラームーンとLGBTの戦士たち AbemaTV『VICE』

セーラームーンに「ありのままで」生きる勇気をもらった
海外のLGBTの人たちのドキュメンタリー作品

「男はつらいよ」といっても
LGBTの人のほうが人生いろいろタイヘンに違いない

セーラームーンのコスプレをしているヒグマのような白人男性.jpeg みたいな ネットで散見されるこういう画像の出所はどこなんだろうと長年思っていたのだけれど、まぁ多分海外のアニメイベントで繰り広げられているお笑いパフォーマンスコスプレみたいなモンだろうなと一人合点していたんですよ。しかし今回、AbemaTVの番組表をチェックしていて番組タイトルにオヤッと興味を惹かれた。セーラームーンは海外でも大人気! ってことくらいは知識として知ってはいたが、LGBTな人々の間でも大人気とはコレいかに? と期待度を高めつつ番組を視聴。

セーラームーンにはあまり詳しくない筆者も、LGBT的な属性を持つキャラクターが複数登場することくらいは知ってる。

テレビでセーラームーンを見た海外のLGBTの人たちは、そのキャラクターたちが自らの属性を隠すことも恥じることもせず、仲間とともに敵に立ち向かっていく姿を見て勇気をもらった。だから、ボクあるいはワタシも自分らしく生きていくんだ!(といってもボクがいわゆるオトコでワタシがいわゆるオンナじゃないところもまたややっこしい!)

そんなセラムン仲間がたくさん集まって、今では大きなイベントだって開催されてますぞ! みたいな内容なのですが、最後はスキンヘッドでセラムンコスプレしてバンドで歌う白人男性の姿が写され、もしかして冒頭に書いた画像って、こういうイベントの写真なんじゃないかと認識を改めることになったのですよ。

海外では従来、子供向け作品にLGBT属性キャラが出てくる時は設定を変更されたりしたようで、このドキュメンタリーでもそのエピソードが出てくる。wikiによれば「海王みちるとはセーラー戦士としてもプライベートでもパートナーであり、同性愛ともとれる描写は原作者自ら意識して描いたとのことだが、アメリカ版テレビアニメではその描写を抑えるためにはるかとみちるは従姉妹同士という設定になっている。」そうですが、現在ではアメリカでも原作通りの設定で放送されるようになったと、我がことのように喜び語っているLGBTの方が微笑ましい。このシーンだけ見ると原作改変に憤っていたヲタの人みたいだけど、もっともっと深い事情があったわけですな。

またこの辺り、「アナと雪の女王って実はLGBTの映画じゃねえの?」みたいな、都市伝説のようでガチっぽくもある噂が生まれる土壌にもなっているようで興味深いですな。

とはいえ、見ていて吾輩が感じたのは、セーラームーンのLGBT属性キャラも、日本の漫画アニメには決して珍しいわけでもない、個性的な主要キャラとして、あるいは長期作品になって登場人物が増えてくるといろんなタイプのキャラが出てくるなかでの、ある種定番ともいえるキャラ設定というか属性なんじゃないかと。

日本の子供向け漫画アニメに、昔から今でいうLGBT的なキャラが結構出てきて、それを見ている子供も親もさほど気にしないことを「日本の性文化・表現のおおらかさというか多様性」的な視点で説明すれば理解されやすいと思う。

かといって、日本のコンテンツ作家がみな「多様性のある社会を」とか「自分らしく生きるメッセージ」とかいちいち生真面目に考えて創作していたわけではあるまい。「人気あるから続行決定しました」と出版社やテレビ局に言われ、「じゃあ新キャラをもっと考えなきゃ」といった、言ってしまえば商業主義に基づく需要から生み出された大衆エンタメのキャラパターンの豊富・豊穣さこそが日本の漫画アニメコンテンツの強みではないかと筆者は思うのだ。

要するに、日本の大衆娯楽で数百年前から培われ、積み重ねられてきた「物語設定の豊富なバリエーション」がまさに「子供向け娯楽作品」の代表作であるセーラームーンに投入されたら、我々日本人が思いもよらぬ視点で作品を解釈する外国人がいたりするわけなのであろう。もちろん、その背景には宗教的価値観の違いとか大きなテーマが控えているのだけれども。

筆者の世代で「今でいえばLGBT漫画」の代表作といえば江口寿史の「ストップひばりくん」だけど、愛蔵版だったか文庫版だったかの後書きに、作者が旅行先でたまたま入店したオカマバーにひばりくんの凄い熱心なファンがいて、彼女(?)は10代の頃に今でいう性同一性障害に凄い悩んでいて、ひばりくんが心の支えだったと告白されて凄く感謝されてしまい、「単なるギャグ漫画」として描いていた江口寿史が、人助けをしようとしたわけでもないのに、自分のやったことが結果として人助けになってスゴイ感謝されて、えもいわれぬ気持ちになった‥‥みたいなことを書いていたのを思い出した。

笑いのネタとして面白がっていただけなのに、思わず人助けになってしまいました‥‥これ自体がマンガみたいな話ですが、カタい言葉を使えば、あらゆる分野で“多様性を保つ”ことはやっぱり大事なことなのかもしれませんな。モチロン人間の性も。

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