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『イレズミと日本人』山本 芳美 平凡社新書

time 2016/08/17

『イレズミと日本人』山本 芳美 平凡社新書

 日本における“IREZUMI”とはどのような存在なのか?
 その歴史からイメージ、社会的認識の変遷を平易に理解できて
 任侠映画ファンが薀蓄のタネ本としても楽しめる一冊

少子高齢化が進む日本を救う産業はズバリ「外国人向けの観光業」だと国を挙げてインバウンド誘致に頑張っているわけですが、そんな中で問題化してきたのが「イレズミの方お断り」というジャパニーズルールの存在。ごく普通の社会人でもファッションとしてタトゥーを入れたりする外国人にとって、「タトゥーあり=アウトローな業界の方々」として公の場から締め出そうとする日本人のインバウンド(内向き)な感覚はまさにWhy Japanes people? その結果、差別だ人権問題だ! と外国人に抗議されるという一番面倒くさいデリケートゾーンに抵触してしまったわけです。

本書では日本におけるイレズミの歴史から、仁侠映画によって定着・拡大した負のイメージが輸出・そして逆輸入されて現在に至ってしまい、そのあいだに海外では「いろ~んな文化の多様性を認め合おうよ!」的な運動が盛り上がるなかで先住民文化としてのタトゥーが広まり、日本の「イレズミ=アウトロー」的な感覚とズレが生じちゃってて困っちゃう、という流れがわかりやすく紹介されております。

そんな日本でも、「イレズミ=暴力団は、比較的新しい見方」であって「せいぜいこの30年くらいに形成された意識である」と著者の見解が示される。もともと日本においてイレズミは「職人の印であるという認識」だったのだが、映画と家風呂の普及なので他人の裸をほとんど見なくなったことが「イレズミ=悪」イメージ浸透の主な原因であるという考えだ。

自分の知っている範囲でも、昔の漁師はイレズミ持ちが多かったといい、その理由は遭難死した時に遺体を判別しやすくなるからだという「本当は恐い豆知識」がある。海難遺体は損傷が激しくなりやすいが、目立つイレズミがあれば身元が判りやすいというわけだ。

また、書名は忘れたが、幕末明治期に来日した外国人が書き残した日本の記録で、箱根の駕籠かきが鮮やかなイレズミを入れていて印象深かったという文章を読んだ記憶がある。当時の駕籠かきの褌姿が古写真で残っているが、彼らにとってイレズミはまさしく「自分の看板を背負う」意識だったのだろう。バリエーションの少ない当時の庶民の名前よりも、鮮やかなイレズミのほうが確実に見た者の記憶に残るだろうから、非常に効果的な宣伝になったに違いない。

昭和の時代になっても江戸下町の職人はイレズミを入れる風潮が強かったらしく、あのビートたけし殿も「俺はオヤジが塗装屋だったから、子供の頃は家にいろんな職人が出入りしてて沢山の入れ墨を見たなぁ」とテレビで語っていた。

自分の知識の範囲でも、昔のほうがイレズミのイメージの多様性が豊かだったことが想像できる。

とはいえ、やはり現状のイレズミのイメージを決定づけたのは任侠映画であり、その解説にけっこうな頁が費やされている。その中でも、多数の仁侠映画を撮っている五社英雄監督がエピソードが印象に残った。五社英雄は京都から毎週末新幹線で彫師のもとに通い、背中から腕までの本格的な彫り物を彫ったという。だが、撮影現場ではどんなに暑くても長袖を着て隠しており、それが原因で体を壊し、若くして亡くなる原因となったのではないかという娘さんの言葉に、昭和の映画監督らしい生き様を感じさせる(享年63歳)。

ついでに思い出したが、タトゥー自体が体に悪いという話(皮膚呼吸ができなくなるとか?)があるが、実際はどうなのだろうか。アメリカの元人気プロレスラーで俳優のロック(スコーピオン・キング”、ワイルド・スピードなどに出演)の父親は、ハワイの先住民の部族長的な地位だったため、伝統儀礼として沢山のタトゥーを彫らなければならず、それが原因で体を悪くして亡くなったと何かで読んだ記憶があるのだが‥‥。

そういうトライバルなタトゥーまで「反社会的勢力の象徴」として排除するのは不当な差別だ! と外国人に言われたら、確かにそれはイカンかもな~、と思わざるを得ない。

また、取材当時86歳の彫師・彫秀さんの話も興味深く読んだ。終戦後はタトゥーマシンを入手して米軍兵士相手に稼ぎつつ、和彫りの仕事を拡げて何千人も彫ったという。これこそ映画で見たくなる一代記だし、戦後という時代をイレズミに透かして見るような作品になるに違いない。

自分も横浜にある文身歴史資料館に行ったことがあるが、その時も若いアメリカ人らしき男性が客としてタトゥーを彫られていたことを思い出した。たぶん、横須賀か横浜の米軍兵士で、口コミで知って来ていたのではないか。

最後は「観るべきイレズミ映画」が紹介されており、映画のカテゴリーとして「任侠映画」では収まりきらない作品には「イレズミ映画」という括りもアリかと思ってみたり。

ちなみに浅草の仲見世通りのすぐ近くにある銭湯には、土地柄のせいか本格的な和彫を入れた入浴客が多い。浅草には年に数回くらいしか行く機会がないけれど、昔の東京の下町気分を味わうため、時間が許す限りこの銭湯に入るようにしている。外国人旅行客の間でも「日本の銭湯に入ってみた」スポットとして人気のようで、銭湯の湯船につかりながら見事な和彫を見て関心している外国人の姿を見ることができます。

文化とは価値観を表現するものでもあるので、グローバル時代のイレズミ文化の接触というテーマで考えるといろいろ興味深いものがあります。

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