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『甲陽軍鑑』の悲劇 闇に葬られた信玄の兵書 浅野裕一 浅野史拡(著)ぷねうま舎

time 2016/10/04

『甲陽軍鑑』の悲劇 闇に葬られた信玄の兵書  浅野裕一 浅野史拡(著)ぷねうま舎

武田信玄に重用された謎の軍師
山本勘介の活躍で知られる『甲陽軍鑑』
“偽書”として貶められていた過去から
正当な再評価を訴えて熱筆が揮われる

 
甲陽軍鑑の現在の評価は、「長い期間、歴史史料としては信憑性が低い後世に書かれた偽書とされてきた。だが、山本“菅助”書状の発見、国語学者の研究などで史料的価値が見直されてきている」といった感じではないだろうか。研究者レベルならともかく、自分のように日本史の面白そうな一般向けの新刊を本屋やネットで見つけたら読んでみる、といったレベルの人間であれば。

この本では、甲陽軍鑑が偽書とされた経緯と、その論者に対する批評。その後の甲陽軍鑑見直し論の主旨が述べられている。自分のような「なんちゃって甲陽軍鑑知ったか」にとっては、なんとなく大ざっぱに知っていた気になっていたような経緯が具体的に説明されていて勉強になる本である。

前半の第一部では、中国哲学専攻の東北大学名誉教授である浅野裕一氏の、日本兵学における孫子と呉氏の受け入れ方が解説されていて興味深い。

現代軍事学で中世の合戦を読み解く、といった本には好奇心をそそられるが、当時の人間はその当時の戦略・戦術理論である兵書から学んで合戦に臨んでいたのだから、日本史における兵書の影響力について知識を持つ専門家の著作を望みたい。

浅野裕一氏によれば、甲陽軍鑑を貫いているのは武勇の発揮を誉れとする思想(武士道)であり、 信長や秀吉など上方兵学への批判があるという。

平山優氏の著書に、長篠合戦で武田軍が多大な死傷者を出した原因のひとつとして、武田軍では、あえて危険を犯すような戦い方が武士らしい勇敢さとされて高く評価されていたのではないか、的なことが書いてあったように記憶しているが、興味深い一致に思える。

後半の第二部は史拡氏(裕一氏とは父子関係)によって偽書扱いから再評価への流れが語られる。日本史研究における権威主義、学閥主義によって甲陽軍鑑は貶められてきたが、その枠外にいた他分野の研究者や新史料の発見による再評価でようやく価値が見直されてきている、ということが述べられている。

『旧石器時代遺跡ねつ造事件』についての本を読んだ時にも感じたことだが、日本の師弟関係的な人間関係が学問の世界にも、というより学問の世界だからこそ強い支配力を持ってしまうのはガラパゴス・アイランドゆえの島国根性というべきか‥‥。これは「儒教」のせいなのか、それとも日本独特の別の何かなのであろうか?

この本のテーマである甲陽軍鑑はひとつの象徴であって、日本の学界の権威主義、学閥主義に対しての著者の沸々とした怒りが込められているように感じられたのは自分だけであろうか‥‥。

 

ーー余談ーー
以下の文章は本題からは外れるが、甲陽軍鑑を歴史史料として見直す一例として、黒田日出男氏による桶狭間の「乱取状態奇襲説」が解説されている。これも自分は論文を読んでいなかったため、「今川軍の足軽が乱取りに出かけている隙に信長軍が奇襲」という説だと思い込んでいた。しかしそうではなく、信長軍が乱取りの兵にまぎれて今川本陣に近づき、暗殺のような奇襲で義元を討ったという解釈だったと知り、その大胆な展開に驚いた次第。

映像的にイメージすれば、今川軍の雑兵のフリをした若き信長と家臣たちが、乱捕りに夢中な雑兵たちのドサクサにまぎれて義元の本陣に近づき、突如正体を露わにして襲い掛かる‥‥桶狭間合戦の新たな描写として、エンターテイメント作品で見てみたい斬新さを感じた。

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