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『トキワ荘の青春』市川準監督に鑑賞に耐えられない地味さ映画賞を追贈(審査委員長はオレ)

time 2017/01/08

『トキワ荘の青春』市川準監督に鑑賞に耐えられない地味さ映画賞を追贈(審査委員長はオレ)

容赦ないほど地味なのだが、キャスティングがすこし不思議なほど豪華。当時若手俳優だった彼らにとっても「トキワ荘の青春」という記憶として残り続けそうな映画

 『トキワ荘の青春』という映画タイトルを年末のTVK番組表で確認したオレは、心の中でこう呟いたのだった。

「タイトルに釣られて観る人はそれなりの数いるだろう‥‥。しかし、その中で何割の視聴者がエンドロールまで観続けることができるだろうか‥‥」

 たとえば、トキワ荘に興味を持った若者がいるとしましょう。

「おそ松くん」‥‥じゃなかった“さん”、「天才バカボン」、あるいは「ドラえもん」かも知れないし、「仮面ライダー」原作 石ノ森章太郎 かも知れない。

「トキワ荘ってスゲーなぁ、天才クリエイター集団が共同生活してたのかよ!」みたいな。

 しかし、そんな若者が、まったく予備知識なしでこの映画を観たとして、どこまで付いてこれるのか? 当時の時代背景や人間関係を理解して、映画としてインタレスティングを味わえるのか‥‥そう思うと、自分には関係ないのに心配や不安になってしまう映画なのである。

 なぜかというと、とにかく淡々としすぎて地味なのである。説明も少なく「「まんが道」を読んでない人が見てわかるのかな?」と不安になるほどに‥‥。


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 公開当時に映画館で見たが、客入りも少なくて寒々とした雰囲気だった記憶がおぼろげに残っている。

 監督が市川準だから撮れた作品だよなコリャ‥‥フツーの新人や中堅監督が大手映画会社で撮っていたら、業界からしばらく干されるんじゃないかと思うほどエンタメ性の薄い=商業的ヒットなんか眼中ないような内容なのである。(そもそもこの脚本じゃゴーサインが出ないと思うけど)

 と、ここまでボロクソ書いているように思われたかも知れないけれど、映画として好きか嫌いかと問われると、決して嫌いではなく、むしろ好感を抱いているのである。作品そのもの以上に、自分の撮りたい映画を商業性なんぞ気にせずに(?)撮ってみせた市川準に。

 トキワ荘ドラマといえば、NHKの銀河テレビ小説でドラマ化された藤子不二雄A先生の「まんが道」が先行作品としてあって、アレはA先生の熱血マンガ要素がNHK青春ドラマ的に見事に抽出されていて、言ってみりゃ昭和のマンガ少年版「バクマン」みたいな感じで誰でも感動できる作品に仕上がっているので万人におススメできます。

 主題歌は長渕剛の熱血泥臭さ全開の曲「HOLD YOUR LAST CHANCE」を主演の竹本孝之が歌っているんだけど、これがドンピシャにハマっていると言えば、未見の方でもどんな雰囲気のドラマか想像できるでしょう。


CD/長渕剛/HOLD YOUR LAST CHANCE

 個性派CMディレクターとして数々のヒットCMを送り出した市川準もそれを意識したのかどうか、「じゃあオレは映画でまた別の“トキワ荘物語”を撮るか」と思ったのか(どうかは知らないが)、主人公は「テラさん」こと寺田ヒロオに白羽の矢を立てている。

 トキワ荘漫画家たちの回想に「頼りがいのある面倒見のいい兄貴分」としてかなり人格者的に描かれるテラさんが、理想主義者ゆえに「売れる作品」を求める編集者との間で葛藤していく‥‥と書くと映画らしいけれど、その様子がドラマチックに描かれているわけでもなく、なんつーか歳若き頃、そんなに親しくない親戚のおじさんの家で、おじさんの若い頃のありきたりな写真を見せられて、当時の平凡な思い出話を淡々と聞かされている‥‥といった風情だったり。

 逆に言えば、漫画家という特殊な職業をあつかいながら、あの時代を生きた無数の若者たちを描こうとしているのかも知れないし、普遍的な青春群像と大人への巣立ちのようなものをフィルムに刻み込みたかったのかもしれない‥‥。

 CMでは個性的なオモシロ作品を撮っていたが、映画では文芸色の強い作品を撮っていた市川準のクリエイターとしての葛藤を投影して‥‥などと安易な思い込みで書きたくなるものの、それもなんだか違う気がしてしまう。

 しかし主演のモックンは、初めて脚本を読んだときどう感じたのか気になるところ‥‥個性も強くなく感情的な起伏も少なく、普通なら、やりにくいなぁと感じる役でしょう。

 そこに市川準が込めた意図は何だったのか? この映画を数年ごとに観かえすたびに自分の中で膨らんでくるんですよ。

 この映画以前にテラさんはとうに亡くなっていたけれど、当時まだアルコール依存症に陥っていたことは公になっていなかったハズでは‥‥と記憶している。子供の頃からトキワ荘関係の本を普通の本屋で入手できる限り読んでいた自分が、テラさんの「隠居生活」の真実を知らなかったのだから。

 市川準はそのことを知っていてテラさんを主人公にしたのか、どうか。

 映画ではそういった予感はほとんど感じさせずに終わるのだけれど、この後のテラさんの人生を知り、多少は人生の酸い甘いを舐めた程度の気にはなってくる年齢に達してきた自分としては、市川準がこの時、どういう思いを込めてこの映画を撮ったのか‥‥これからも「トキワ荘の青春」を観るたびに思い巡らせていくような気がしている。

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